日別アーカイブ: 2022年6月27日

【特集】神社についてのまとめ

「神社の歴史が知りたい」
「神社本庁とは」
「神社について詳しく知りたい」

日本特有の宗教施設に神社があります。
一般的にイメージされるものとしては鳥居がその象徴とも言えるもので、地図に施設を示すマークにも使われているものです。
実際の施設には鳥居を出入口として拝殿・本殿へと続く参道があり、神社を守護する対の狛犬や灯籠が参道の両脇にあります。
また出入口近くには手水舎と呼ばれる身を清めるための手水の場が用意されていますし、その規模や目的に応じて神楽殿や舞殿といった神楽などを奉納するための建物、絵馬殿と呼ばれる絵馬を奉納する施設があり、社務所や授与所、古札所といった建物などがあり、また摂社や末社といったものもあります。
基本的には神を祀るための本殿を中心に作られているものですが、幣殿と呼ばれる拝殿と本殿を一体化したものもありますし、その規模や施設はそれぞれに大きく変わっており、一定のルールで作られているもののそれぞれに違いがあるものです。

伊勢神宮の魅力ポイント

神社の歴史

一方で神社で祀られているものは必ずしも一つというわけではなく、その地域で生まれた産土神や日本神話に基づく天神地祇、皇室や氏族の祖神や偉人や義士などの霊が神が対象となり、それらが複数に祀られています。
現代では神道というひとつの宗教というイメージがありますが、これらは明治維新の後に、それまでの神仏習合が認められなくなり明確に分ける事が求められることが影響しており、これらは国家神道としてそれまでの神仏習合から明確に分離されたものです。
また神社という言葉が使われるようになったのも、この影響でそれまでは祀っている神に応じた名称で呼ばれ、○○明神や○○権現、○○稲荷や○○八幡といったり、単に○○社と呼ばれていました。
これらは現在でも使われている言葉で、例えばお稲荷さんの総本山は伏見稲荷と呼ばれますし、八幡を祀っているところは八幡宮と呼ばれます。
このように実際には地域によって異なるところも多く見られており、祀るべき神は八百万と呼ばれるように非常に多彩ですし、また抽象的な神だけでなく山や川、また巨石や奇岩などの自然物を御神体にしているところもあります。
種類としては五穀豊穣を願うことや自然に対する畏敬の念といった神があるほか、歴史において大きな事業を成し遂げた偉人や、自己犠牲によって大事をなした義士も神といったものがありますし、これらは日本国内に留まらず海外の神を祀るといったケースもみられるものです。

延喜式神名帳

日本で国家として神社が認知されるようになった最古の記録には延喜式神名帳があり、これは927年(延長5年)にまとめられた延長式と呼ばれる書籍の巻九・十にまとめられている全国の官社に指定された一覧表があります。
このさいに社格と呼ばれる種別が作られ、官幣社と国幣社が作られ、さらに大社と小社に分けられているものです。
官社は、毎年2月に行われる祈年祭に神祇官から幣帛を受けるものを対象とし、今でいうところの神主である祝部が神祇官に集まって幣帛を受け取っていました。
このうち国司から受け取ることになったものが国幣社となり、この理由には遠方になると毎年、上京して集まるということが難しいことが影響しています。
このため延喜式に定める官幣社は現在の近畿にあり国幣社はそれ以外の地域に見られるものです。
この頃においてすでに統治するといった点で神道が重要な役割を果たしていることが伺えるもので、この延喜式に倣って明治時代に近代社各制度が作られています。

近代社格制度

近代社格制度は国家神道として統制していく上でそれぞれに等級化した制度であり、延喜式では官社のみが対象となっていたものがすべての施設が対象となったものです。
社格は官社と諸社、無格社に分けており、伊勢神宮を頂点とし社格のない特別な存在としています。
これまでにも神道が国家の重要な役割を果たしてきたものですが、この制度によりより明確なものとなっており、神仏習合の禁止や国家として近代になって造営にされたところもあり、日本の影響下にあった海外にも作られました。
もともと日本では地域に根ざした施設が多くありましたが、このような影響からより明確に作られるように、ひとつの村に必ずひとつは鳥居がある神殿が作られ日本の原風景のひとつとなっています。
また初詣の伝統により都市部でも多くの人が参拝する施設です。

まとめ

現在では近代社各制度は太平洋戦争後に神社の国家管理が廃止され、それぞれに宗教施設として存在していますが、政教分離の原則から直接的な支援はほとんど行われなくなっています。
近年は文化財という考え方によって支援も行われていますが、それでも建物の修繕などが対象です。
また小さなところでも神主がいるような事もなくなり無住となったところも多く見られますし、近年では地方の過疎化によって管理されずに消えていったところもあります。
しかし、山岳信仰では根強く山頂に祠が作られそこに祀られているケースも見られるなどそれぞれの目的に応じて現在でも残っているところが見られるものです。